スタッフ紹介

略歴

平成7年
神奈川歯科大学歯学部 卒業
平成7年
神奈川歯科大学総合診療科 勤務
平成8年
神奈川歯科大学小児歯科学講座 助手
平成13年
日本小児歯科学会認定医 取得
平成15年
歯学博士号 取得
平成16年
神奈川歯科大学小児歯科学講座 講師
平成20年
ひやま歯科クリニック 開院
平成22年
日本小児歯科学会専門医 取得

所属学会等
日本小児歯科学会、日本口腔インプラント学会

生い立ち

生まれ
昭和の高度成長期で、日本万博の開催された1970年に檜山雄彦は生まれました。現在の川崎市立病院で誕生しました。小さいころは体が弱かったそうです。父は公務員、母は主婦という家庭の長男として誕生しました。父は、定時に出勤、帰宅、母は主婦でしたので、両親の愛を存分に受けて育ちました。父は厳格で、よく怒られていました。とにかく、小さいころから落ち着きがないことが私の特徴でした。
幼稚園
ひかり幼稚園に入園(現在の第一ひかり幼稚園)。よく覚えているのは、常に裸だったこと。そして、漢字をよく読めたこと(「蟷螂」と書いてあるカードをもらってうれしかったのを今でも覚えています)。また、記憶にあるのは、音楽会のトライアングルを練習中にトイレに行きたかったのを我慢して、おしっこを漏らしてしまったこと。とっても、ピリピリした雰囲気で、練習中にトイレと言えなかったのを覚えています。その時、担任の先生のズボンを借りて帰宅したそうです。
幼稚園の卒園時に、自分の手形とズボンを貸してくれた先生の一言が書いてある色紙をいただきました。この色紙は、今でも覚えていて、私の根底になっている一言です。
『忘れないでください  あきらめることを知らなかったあのころを』
このころ、川崎は、ぜんそくで有名な町でした。私も川崎ぜんそく認定患者だったそうです。
小学校
小学校は、川崎小学校に入学。小学校時代は、いろんなことにチャレンジさせてもらいました。そろばん、お絵かき、習字、ピアノ、トランペット、野球、体操、水泳、ボーイスカウト、塾。小学校6年間続けたものはありませんが、様々なものにチャレンジさせてもらいました。その当時は、友達と近くの公園で遊んでいても、ある時間になると、習い事で一人先に帰らなければならなく、なんで習い事しているんだろう?遊んでいる方が楽しいのに~!!と感じていました。
このころ、少しですが、人前に立つことにやりがいを覚えはじめました。学級委員長や学芸会での目立つ役に選ばれるように頑張ったりとしていました。(思い出せば、幼稚園の学芸会でアリババと40人の海賊で海賊長を演技したりと目立ちたがり屋だったのかも??)
小学生の学芸会では、ミツバチマーヤの冒険でふんころがし役をやりました(太っていたから選出されたように思います)。
通信簿には、いつも落ち着きがないと記載されていました。特に小学4年生頃は、よく廊下に立たされていました。当時所属していた野球チームの監督の家が、その廊下の目の前で、よく監督の奥様に挨拶していました。
小学5年生になると、塾のみになりました。中学受験に向けてです。ただ、なぜ中学受験しなければならないのか?私には理解できていなかったので、塾には行っているものの、勉強はあまりしませんでした。その塾の塾長さんは、母の家庭教師だった先生で、そのつてで普段は蒲田まで、夏休みや冬休みの集中講義では、東京の茗荷谷駅まで通ったこともありました。ただ、あまり勉強していなかったので、中学受験の結果はすべて不合格。なんか、自分を否定されたように感じました。
中学時代
川崎中学に入学しました。中学時代は一言、塾のみでした。現在もありますが、川崎予備校に通っていました。お受験戦争の激しい時代でしたので、川崎予備校に通ってすぐに、部活禁止!といわれたことを覚えています。川崎予備校で進学クラスに在籍していましたので、周りの同級生も勉強一筋。宿題もたくさん課され、宿題を忘れて怒られるのが嫌で勉強をしていました。ですので、中学校の友達といえば、予備校で一緒に勉強した仲間でした。大人になってから、中学時代の友達とは今でもつきあいがあるという話を聞きますが、私にはそのような友達がいません。中学時代は、塾の時代でした。
高校受験は、5校の私立高校を受験しました。私の希望する高校には合格できませんでした。ただ、1校に合格できたのでその高校に進学することに決めました。塾の友達は、希望校に合格できたのに、なんで私は希望校に行けなかったのだろうか!とかなり悔しかったのを覚えています。今思えば、真剣さ、合格に対する思いの強さなどが不足していたことがよくわかります。
高校時代

高校は、渋谷にある青山学院高等部に入学しました。中学では、部活禁止と言われていたので、高校では絶対に部活をやると決めていました。ただ、中学時代に運動をほとんどしていなかったので、運動部に入るのはかなり不安がありました。また、運動をせずに、夜食などを食べて受験勉強をしていたせいで、私の体はかなり大きくなっていました。青山学院は、幼稚舎からあります。そのため、幼稚舎、初等部、中等部から高等部へ入学した生徒(内部生)同士はすでに知り合いで友達もたくさんいます。私のように高校から入学する外部生は、まだ、友達も多くいません。そこで、勧誘されたのが柔道部。柔道部には、内部生がたくさん入部するようだったので、友達も欲しいし、いいかな~なんて軽い感じで入部しました。入部したら、大変。運動をしていなかった私に、筋トレ、マラソンなど、苦しかったです。ただ、部活に入ったことで、先輩、後輩との上下関係や、友達などとてもたくさんの学びを得ることができました。団体戦での、友達を信用する大事さや、友達を応援する大事さ、チームとは、どんなものかの基本は柔道部で習いました。また、生まれて初めてダイエットをしました。渋谷区の高校柔道の団体戦では、5人1チームで、3人が71㎏以下、後の二人は体重制限無しでした。私は、身長が高くないので、71㎏以下の方に出場できるようダイエットをしました。結果は、71㎏までは落とすことができず、結局、体重無制限の方に出場。結果は、あまり芳しくはありませんでした。チームに、もっと貢献できたのではないかと思います。

青山学院は、とても自由な校風で、とても楽しい高校生活でした。3年生になり、大学を考えなければならない時期になりました。私は、政治経済学部に希望を出しましたが、推薦を取れませんでした。あと一歩、学力が不足していました。ここで、悩みました。このまま希望ではない学部に進学するかどうか。その時、横須賀で歯科医院を開業している叔父から歯医者になったらどうかと言われ、神奈川歯科大学を紹介されました。神奈川歯科大学には推薦試験があり、内容は面接と小論文というものでした。受験勉強をしていない私にとって、これなら合格の可能性があると思い、受験。見事に合格しました。高校3年生で私は、歯医者になると決断しました。

大学時代
大学は横須賀にある神奈川歯科大学に入学しました。1年生は何をするかというと、あまり歯の専門的な勉強はしなかったように思います。また、ここで部活の勧誘がありました。高校で柔道をしていましたので、柔道部を考えていましたが、選んだのは歯科大学で神奈川歯科大学にしか存在しない応援団でした。先輩がとても優しく、その優しさに感動して、入団(入部とはいいません)しました。1年生は、坊主と言われ、素直に坊主にし、挨拶は先輩と会えば、『押忍』と挨拶する生活でした。応援団に入団する1年生は珍しかったようで、とても目立ちました。そのため、他の部活の先輩にもかわいがってもらい、楽しい横須賀ライフを過ごしていました。
3年生、4年生になると、専門的な勉強が始まり、レポートが大変でした。5年生になると、病院実習が始まりました。実際に患者さんを診察していきます。まだ、何もできない学生ですが、インストラクターの先生を真似して、真面目に取り組みました。あっという間の病院実習が終わり、後は、卒業試験と国家試験が待っていました。卒業試験に合格しないと、卒業できず、国家試験も受験できません。この時は、必死に勉強しました。卒業試験も1回で合格することができました。そのまま、国家試験も合格して、いよいよ歯科医師人生が始まりました。
研修医時代
大学卒業後、神奈川歯科大学総合診療科に進みました。この科は、すべての治療を行う科です。医科が内科、外科、眼科、皮膚科、などに分かれているように、歯科も大学病院では、補綴科(入れ歯や冠)、保存科(詰め物、根や歯周病)、口腔外科、小児歯科、障碍者歯科、予防歯科などに細分化されていました。総合診療科では、歯科治療の基礎を学びました。ここで、しっかりと教わったことが今の診療にとても役立っています。
小児歯科へ
大学時代の応援団顧問が小児歯科の教授をしていましたので、小児歯科に就職することになりました。大学に就職すると、治療のみをしていればいいだけではなくなります。『治療』、『教育』、『研究』の3本の柱をバランス良くやるようにと教授に教わりました。最初の数年は、治療のみでした。まずは、治療が上手になりたくて、なりたくて仕方ありませんでした。その後、大学生5年生、6年生を担当するインストラクターになり、ここで教育の楽しさ、難しさを学びました。お子さんの治療を安心して、任せていただけるようになるにはどうしたらいいのかこのころから考え始めました。学会にも、毎年出席し、日本、海外と新しい知見をみることが楽しくて仕方ありませんでした。ここで新たに目標を立てました。学位をとる!小児歯科に関連した研究をして、学位をとることを目標としました。基礎研究を行うために、神奈川歯科大学口腔細菌学教室に席をお借りして、研究を始めました。この間は、始発で大学に行き、終電で帰宅するような生活が続きました。小児歯科に勤務して10年くらいが経過、治療、教育、研究の3本をしっかりできるようになってきたころでした。治療は、大学病院の特性として、地域の歯科医院からの紹介が多く、いわゆる難しい症例もたくさん経験しました。全身麻酔での治療などもこの時期に経験しました。しかし、このまま大学に勤務していても将来、どうなるのかと漠然として不安もありました。その時、お世話になっていた教授が退職することになり、より将来について考えるようになりました。数年後、退職を決意。今後は、開業して、地域の皆様の役にたつ歯科医師になろうと方向転換をしました。
開業
約1年半、都内の歯科医院に勤務させていただきました。
そして、川崎区昭和で開業することになりました。
地域密着を目指し平成20年11月にスタートしました。
患者様が快適に笑顔で帰っていただく歯科医院、患者様お1人、お1人にご満足いただける技術とサービスをというスローガンのもと、診療にあたっております。


生い立ち

幼少期

『レディーレディー』『キョンシー』『フラッシュマン』が大好きでごっこ遊びをよくしてました。この頃に初めて行ったコンサートは『近藤正彦』。母親の影響で音楽好きが開花されたと思います。子守唄は『浜田省吾』でした。 実はちょっと『茶道』もかじってました。このころ『餡子』の魅力に目覚めたようです。そのせいか恥ずかしながら虫歯があり歯医者さんに通ってました。

小学校時代
盛岡伝統『さんさ太鼓』を習い岩手県内を宴会やパレードなどで遠征してました。今でも叩けます。かなり遊び呆けていました。『科学館』や『小岩井農場』に行くのが大好きで、週1回は行っていた記憶があります。 後は勉強。低学年は勉強が苦手で赤点だらけ……。特に算数は赤点。しかし高学年で一転!!何故かわかりませんが算数にはまってしまい、算数だけ勉強するようになったら1番得意になってしまいました。好きなことしかやらないという性格はこの頃からです。 歯医者さんにも通ってました。歯医者さんの最終日。嬉しすぎたのか歯医者さんの階段で転げ落ち松葉づえになりました。おっちょこちょいでした。
中学校時代
『ソフトテニス部』に所属。部活少女です。土日休みもテニス。テニス。テニス。朝は4時から遠くまでテニスコートをかりて自転車で行き練習してました。数学は相変わらず大好き。国語は赤点。この頃に出会った『スピッツ』と『ミスチル』はliveに行ってから今でも大好きです。他には『chara』や『ドリカム』聴いていました。
高校生時代
高校受験不合格。挫折です。数学だけできても。。気が付いた時には遅かった。一向に文系は赤点。開き直り数学を極めようと思ったこの頃。なので大学は『理数系』に進もうと決意。『数学』の先生になろうかと思ってましたが、当時通ってた塾の先生に『歯科大学』を諭され目指してみようかと思いました。音楽は『レディオヘッド』『ハイスタンダード』など聴いてました。
大学時代

神奈川歯科大学に合格!!盛岡から上京。初めての1人暮らしスタートで今にいたります。 部活は野球部に所属。毎年夏には『デンタル』という全国歯科大が競う大会があります。毎年開催地が変わりますが、北海道、名古屋、岐阜、福岡…経験してきました。岐阜では私が幹部のとき『優勝』してしまいました。後はバイト。ホテルの配膳や家庭教師、ラーメン屋でバイトしてました。関東という好立地なお蔭でいろいろなliveも行けました。大学時代は部活、バイト、liveの日々でした。『bump』と『松本哲也さん』『MONGOL800』聴いてました。 後は大事な大事な国家試験、の前に卒業試験。これに合格しなければ国家試験を受験できないどころか、卒業もできません。6年生で引退する部活もある中、野球部はぎりぎりまで部活があり、夏の大会終了後から勉強を始めました。皆より遅いスタート。とても大変でした。上京してから必ずお正月は実家に帰っていましたが、ここで初めて1人横須賀で年越しをしたのを覚えています。

研修医時代

あえて出身大学ではなく『鶴見大学』を選びました。新しい出会いが沢山ありました。お酒もたくさん飲みました。財産です。 外の研修では『小児専門』の開業医さんへ。ここで小児の勉強が大変勉強になりました。本気で院長と同じ『小児専門医』を目指そうと思いましたが色々な理由であきらめてしまいました。とても心残りとなりました。

その後

非常勤で『一般歯科』をベースに『訪問歯科』も経験。在宅診療やホームなど回っていました。気が付けば休みは週1もしくは連勤。身体はボロボロ。休みの日は動けない状態に。それまでの私は、若さという体力を武器に貢献していこうという想いだけで仕事をしていました。悔しい想いもいっぱいしましたし、たくさん泣いたりもしました。気が抜けない日々、『風邪』をひくことすらできないくらい気を張っての毎日。 この環境がいいのか悪いのか考える時間も心のゆとりもありませんでした。 しかし、3・11の震災で はたと気が付ました。 『何をやっているんだろう?』、『このまま続けて将来どうなるんだろう?』。 岩手に帰ろうとも思いましたが、やはり現実問題難しくて断念。そこで考えを1度リセットしようと仕事を思い切って休んでみることに。そしてずっとしたかった『児童養護施設ボランティア』をしてみようと決めました。 私は子供の頃、母子家庭で育ってきた環境のせいか『子供』にすごく思い入れがあり、物心ついた頃からお手伝いしたい気持ちを強くもっていました。 そして日本を出たことがなかった私はまた思い切って『タイの児童養護施設』へ1人で行ってみました。その時いろんな歯科グッズ寄付させていただきました。29歳のころでした。30歳の誕生日もここでむかえました。 帰ってきてから考え方も少しずつ変わり始め頃出会ったのが『ひやま歯科クリニック』です。本当に運命だと思います。 もう一度、歯科医師として私に何ができるのだろう、ちょうどそう考えていていたときでした。ひやま院長は『小児歯科専門医』ですが、子供だけでなく、成人の治療も熱心に勉強されています。私が、『小児歯科専門医』をあきらめた理由の一つとして、小児だけではなく成人も診たかったから、という願いが、ここひやま歯科クリニックで叶いました。また、私は人とお話するのが大好きで、ひやま歯科クリニックの患者さんとスタッフのコミュニケーションも素敵だと思いました。 今後は、もっともっとたくさんの患者さんと出会い、お話をして、患者さんの期待に応えられるような治療技術を身に付けたり、最良の治療をご提案できるように、そして歯科医師としても人としても信頼していただけるように頑張っていこうと思っています。

現在

人並の休みができ、自由な時間もできた所で、新たな歯科の勉強と共に大好きな趣味、大好きな音楽と共に充実した日々を送らせて頂いている現在です。『児童養護施設』での活動を始めています。 こんな私ですが、ひやま歯科クリニックの歯科医師として成長し続けていきたいと思っています。 今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。


略歴

平成7年
神戸学院大学卒業
平成9年
製菓専門学校卒業
平成17年
結婚を期に歯科衛生士を目指す
平成21年

日本歯科衛生士専門学校卒業
歯科衛生士となりました


生い立ち

生まれ

兵庫県たつの市…童謡「あかとんぼ」の街です。山、川、田んぼ、と自然の多い中で育ちました

幼少期
ひっこみじあんですぐ泣く子でした。
小学校時代
1年〜6年までずーっと身長は一番前でした。4年生で夏休みに家族と離れ合宿に参加したことがことがきっかけで、少しずつ活発になってきました。
中・高校時代
私立の女子校に入学。女のそのになじめず、早く卒業したかった。学校には行くが勉強はさぼっていました(笑)
大学時代

友人がたくさん出来て、毎日が楽しかった。バイトばかりしていました。大学3年の冬、阪神淡路大震災を真近で経験しました。当時アルバイトしていたケーキ工場が震災で機能しなくなくなりました。

製菓専門学校時代
アルバイトでケーキ作りをしてから、ケーキ職人に憧れるようになり専門学校に入学。ケーキ作りのノウハウを学ぶ。シュガークラフトというデコレーションケーキに魅せられ、技術を学ぶために上京。
結婚
歯科医師と結婚が決まり、夫の「歯科衛生士になってほしい」という願いから(自分を高めるためのチャンス!)と歯科衛生士を目指すことを決心しました。
DHへ
結婚式の1週間後から学校が始まる。
若い方と机を並べひさしぶりに勉学に励みました。大変でしたが、良い経験となりました。

檜山恭子の理念

まず、「ひやま歯科クリニック」がどんな歯医者になりたいか…を考えました。
地域に必要とされる歯科医院になりたい。必要とされる自分、必要とされる医院を目指す。
そのためには何をすればよいか…
誰かに必要とされるためには、こちらから何かを提供する。例えば、笑顔、気持ちの良い挨拶、その方が必要な情報、楽しい会話、相手が元気になれること。院内のスタッフが皆、同じ方を向いて、楽しそうに仕事をしていたら素晴らしいと思います。やがて、それが院内の活気につながり患者様もつられて笑顔になる。
みんなが幸せになるための医院作り(チーム作り)をしていきたいです。


何故、ここで働いているのか?

私は昔から子供が大好きでした。
歯科衛生士という職業を通して、子供達と触れ合えるというのがとても魅力的だと感じています。
子供のころからお口の中に対する意識づけのお手伝いをし、将来一生自分の歯で過ごして欲しい、そのような考えを実現できるのがひやま歯科クリニックだと思っています。
子供達や、ご両親とも会話することができ、全員の患者さんと近い距離で関われるのが楽しく働けている理由になっています。診療室から笑い声が聞こえてくる環境をこのまま継続していきたいです。


患者さんにどのようなサービスが提供できるのか?

私はひやま歯科に通院して頂ける患者さんに歯医者は怖い所ではないと思ってほしいと強く思っています。そして明るく楽しく通える場所にしてほしいのです。私は、コミュニケーションをとても大切にしています。専門的なこと以外にもたくさんのお話しを共有したいと思っているからです。実際に、今日すごく楽しかったという声をいただけるととてもやりがいを感じるのです。コミュニケーションを通し、信頼関係を築いていきたいです。たくさん会話をして一緒に楽しい空間にしましょう。


将来の夢

私はひやま歯科をとおして、将来、どんなところに行っても、どんな環境でもやりのけられる人になりたいと思っています。ひやま歯科は、歯科衛生士が活躍できる場がたくさんあります。スタッフみんなが成長することができるように医院自体が協力的だからです。ひやま歯科で色々なことを吸収し、できることを増やし、どんな場所でも活躍できる歯科衛生士になりたいと思います。そして、他のスタッフのために、協力的な先輩になりたいです。


向山由夏

何故、ここで働いているのか?

私が、初めてひやま歯科クリニックを知ったのは専門学生3年目の時期。 就職先を求めあらゆる歯科医院の求人やホームページを見ていた頃、ひやま歯科クリニックのホームページが目にとまりました。一番惹かれたのがスタッフさんの笑顔がいっぱいの写真と、歯科医院でありながら患者さまとの交流の場となるイベントがいろいろ開催されているところです。「患者様の身近な存在になりたい!」という思いでこのひやま歯科クリニックで働こうと思いました。


患者さんにどのようなサービスが提供できるのか?

ひやま歯科クリニックに来ていただいた患者様、皆様が笑顔で帰られる、そんな時間になるよう患者様とのコミュニケーションを大切にしています。 一緒にあなたの思う理想のお口の状態を親身になり考えお手伝いをしていきたいと思います。ご自身のお口への興味をもってもらい悩みのないお口にしていきましょう。 「ここに来てよかった!」と思っていただけるよう丁寧で気遣いのある施術を心がけ安心して受けていただけるよう分かりやすくお伝えします。 明るく笑顔でお待ちしておりますので、お気軽に声をかけくださいね。


将来の夢

私は将来、歯科衛生士として伝わる衛生士になることです。 私の今後の課題でもあります。患者様に伝える情報はもちろん、スタッフや新人衛生士へ伝えることが今後出てくるかもしれません。そのときに伝えることだけでは今までのままで、伝わってなければなんの意味もありません。そのためには伝わる内容にするため知識をつけていく努力をしていく必要があります。日々小さな努力を積み重ねていこうと思います。そして患者さまをもっともっと笑顔にしていきたいです。


山下 浩子

何故、ここで働いているのか?

あるセミナーで院長夫人からお声掛けいただいたのをきっかけに、笑顔と明るい雰囲気のひやま歯科クリニックに惚れて働いております。
院長が折に触れて「ありがとうございます」と感謝の気持ちを言葉にすることで院内が温かな場になりこちらも自然と「ありがとうございます」と伝えることができてきたこと。感謝の気持ちを言葉にすることで笑顔が広がり「さらにスタッフや患者さんに喜んでもらえるようにするにはどうしたら良いのか?」をスタッフ同士がそれぞれで考えて行動しているところが素晴らしい環境だと思います。


患者さんにどのようなサービスが提供できるのか?

歯医者さん=痛い、嫌だ、怖いのイメージで通っていただくのではなく、まずは皆さんの気持ちに寄り添うことを心がけております。
恐怖感や不安感をなくすような言葉がけを意識して、気持ちよくウトウトとするようなクリーニングを行っていきます。そして新たなムシ歯を作らず、汚れのない白くきれいな歯や健康的なピンク色の歯ぐきになるためのアドバイスをさせていただきます。
また生活スタイルや健康状態、お口の中の環境やリスクを把握した上で個々の患者さんに合わせた説明をいたします。
皆さんがご自身の健康を手に入れるためのお手伝いをいたします。


将来の夢

ひやま歯科クリニック周辺の皆さんが歯を失うことなく、そして治療ではなく笑顔でメンテナンスへ通っていただけるようにしていくこと。そのためには予防とは何か?をつきつめ・食事について・お口周りの機能について・かみ合わせ・伝わるコミュニケーションの在り方…他にもまだまだ私自身が学ぶべきことがたくさんあるので、皆さんのお口からの健康に貢献できるように知識や技術を学び続けて、そして毎日がメンテナンスの方ばかりの環境で仕事をすることを目指して参ります。


星河真弓

何故、ここで働いているのか?

ひやま歯科クリニックは、いい意味で歯科医院らしくない所だと思っています。アットホームで、小児の患者様もたくさんおりイベントも多く、患者様との距離がとても近く、笑顔があふれています。そんな歯科医院って素敵だな、その笑顔の輪の中の1人でいたいなと思い日々働いています。
また、先輩歯科衛生士が3人在籍しているので、学ぶことも多く技術や知識だけでなく、患者様とのコミュニケーションの仕方も見て盗んでいるところです。


患者さんにどのようなサービスが提供できるのか?

私は歯科衛生士として、私が今できる技術を精一杯行うこと以外に、いつも明るく笑顔でいます。また、患者様とコミュニケーションをとるようにしています。歯科医院にいらっしゃる患者様方は、歯科医院が苦手だという方が多いと思います。そんな方々の、不安を少しでも取り除ければと思い、笑顔で明るく接しています。また、患者様とお話しをすることで治療までの不安な時間を無くし、ひやま歯科は歯科医院っぽくないから大丈夫、と思って頂けたらいいなと思っています。


将来の夢

近い将来として患者様に私が担当して良かったと満足してもらえるよう、どんなこともできる歯科衛生士になりたいと思います。また、自身の健康の為には私が必要と言って頂けるように患者様と信頼関係を築ける歯科衛生士になります。さらに、関わった患者様が予防に興味をもち、むし歯や歯周病ゼロで定期検診にずっと通ってくれるように患者様とコミュニケーションをとりたいと思います。
そしてそんな私を見て、歯科衛生士になりたいと思ってもらえるような人になれたらいいなと思います。


瀬底美奈代

何故、ここで働いているのか?

歯医者は怖いイメージを持たれている事が多く私もそのうちの1人でした。私は歯科助手として働いてきましたが、通院して来て下さっている患者様がもっと安心して通えるようにしていきたい、と思うようになりました。ひやま歯科ではカウンセリングの時間があり、患者様一人一人としっかり向き合ってお話しできる場があるので安心して通院できるお手伝いをしたいと思いました。また、ひやま歯科クリニックでは年に数回イベントがあり、イベントを通して患者様との距離が近くなったり子供の成長が見れる場所です。また私自身もトリートメントコーディネーターとして成長する為に院長やスタッフが協力してくれるので、私自身成長を感じ1日1日がとても充実しながら過ごせて働ける職場です。


患者さんにどのようなサービスが提供できるのか?

私は初診で来られた患者様から定期健診へ入る患者様、全ての患者様とカウンセリングを通してお話しをする機会があります。一人一人の患者様が安心して通えるように、カウンセリングを通してしっかりと患者様と向き合い当医院の治療方針をお話ししたうえで、患者様のご希望も聞きながら治療を進める事で安心して通って頂けるようにしていきます。そして、ここに来て良かった、またひやま歯科に行きたいと思えるようなカウンセリングを行っていき患者様と一緒にお口の健康を考えていきます。。


将来の夢

トリートメントコーディネーターとして、より患者様に満足していただき安心して通えるように、患者様とドクターの架け橋になれるように、患者様からスタッフにも必要とされるトリートメントコーディネーターになり患者様と一緒にお口の健康をしっかり考えて、ひやま歯科に来てお口の悩みがなくなり健康になった、と満足してもらえるようにしたいです。またいつか結婚し、子供ができた時に院長や今のスタッフに子供のお口のケアーをしてもらいたいです。


箕輪沙季子

何故、ここで働いているのか?

私はひやま歯科へは他の業種から転職してきました。学生の頃から医療へは漠然とした憧れがありましたが進路へは選ばずにここまで来ました。
歯科には幼い頃初めての歯医者で大泣きし周りの大人を困らせた記憶から、大人になってから矯正治療をした事で毎月のように通った思い出があります。ひやま歯科はこどもの患者様も多い環境にあり自分の今までの人生の中で新境地であります。たくさんのこどもさんからお年を重ねた患者様がご来院されるここは毎日新しい発見がある場所です。


患者さんにどのようなサービスが提供できるのか?

私はひやま歯科に入社してから半年過ぎるあたりまでは、先生たちのアシストとして毎日そばについたり治療の準備や片付けを行ったりを主にしていました。患者様に先生たちがどのように接しているのかどんなことを話しているのかを隣でいつも聞いていました。
今は受付にいたりカウンセリングをしたりする事で患者様と直接お話しする機会が増えました。ひやま歯科として大切にしていること、アットホームさを大切にしながら私も患者様との関係を築いていけたらいいなと思います。


将来の夢

ひやま歯科ではこどもの患者様が多くたくさんのこどもさんと接することは自分の今までの人生の中で新境地になります。こどもさんと話したり接することは私にいつも新しい発見をくれます。また、お子様と一緒にご来院されるお母様・お父様、お年を重ねられた方から若い患者様まで、たくさんの素敵な患者様がいるひやま歯科で私は成長していきたいと思います。歯科業界1年目で歯科知識に関しても経験も共にまだまだです。これからも新しい発見があり成長ができるこの場所を大切にしたいと考えております。

TEL:044-299-2330
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